他自治体と比較した相模原の葬儀事情の特色

一般的に葬儀の習慣は地方によって異なります。日本国内で仏式葬であっても、通夜の際に振る舞われる食事や香典料を受け取るか否かなどについて東日本と西日本とでは風習が異なるのです。さらに同じ地方であっても、場所によってさまざまなローカルルールが存在する場合もあります。東京に隣接した首都圏である神奈川県内であっても、川崎市や横浜市などの大都市と、海老名や相模原などの郊外地域ではお葬式の内容や慣習に違いがあります。それに加えて急激な都市化により葬儀場や火葬施設不足という事情によっても、他の地域とは異なるお葬式の習慣が生まれる場合があります。相模原市は地名に「原」が付いているように戦後すぐの時期は郊外の田舎でしたが、都心へのアクセスが良い場所という事で昭和から平成にかけて急激に人口が増えて都市化が進みました。これに伴い人口に対して公営の葬儀施設が不足し、独特の習慣が生まれています。

相模原におけるお葬式の習慣とは

現在、相模原市の人口は70万人を超える大都市です。それでも戦後すぐの時期まで相模原は神奈川県の中でも郊外(田舎)でした。そのため相模原市で行われるお葬式は、関東の郊外で行われるような風習が今も残されています。東日本においては通夜の席で「通夜振る舞い」が設けられ、お坊さんや参列者に対して料理や酒でもてなす習慣があります。ちなみに通夜振る舞いの習慣は西日本には無く、せいぜい通夜が終わった後に近親者や親類が一緒に夕食を取る程度です。横浜や川崎などの都市部であれば通夜の席で食事の席が設けられた際に、参列者は短い時間に食事を頂いて早めに切り上げて帰ります。これに対して相模原などの郊外地域では伊丹十三監督の映画「お葬式」に描かれているように、夜遅くまで宴会を行う習慣があります。今でも地元の人が集まるお葬式では、長い時間をかけて通夜振る舞いが行われるケースがあります。

急激な都市化によって新たに生み出された相模原独自の習慣とは

相模原のお葬式の風習は関東の田舎としての側面を持つ一方で、急激な都市化によって新たに生み出された習慣もあります。昭和30年における相模原市の人口は8万人程度でしたが、現在は71万人にも膨れ上がっています。人口が増加して数十年後にお葬式の需要が増加します。ところが料金の安い相模原市営斎場は1つしかなく、いつも混雑しているの葬儀を行うために1週間程度待たされることも当たり前で、他の地方の人に驚かれる場合があります。公営斎場は常に予定が埋まっているため、出棺後は次の利用者のために式場を明け渡さなければならないルールがあります。一般的に、出棺~火葬・納骨~式場に戻って食事(精進落とし)が行われます。ところが相模原市では出棺後に式場に戻ることができないので、火葬中に控室で食事を頂いて納骨後に解散、という流れが一般的です。火葬後に式の全てが終了するという、相模原市独自のお葬式ルールがあるのです。

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